2007年6月 アーカイブ

人力

今や昼飯を¥350以内に抑える事が生き甲斐のkass1です。
「自分で弁当作ればいーじゃん」って? 炊飯器がありません(泣)

この中身のない部屋では毎日がドラマチック。
こないだこの部屋で行われた『戦い』の事を教えよう。

風呂上がりにふと見ると洗濯物が溜まっている。洗濯物は洗えばいいが、洗濯機がない。洗濯物達は「早く洗え!」と騒いでいる。

「う〜む」

洗濯物達をチラ見し、洗濯機があった場所に放置されている洗剤を持って来る。
洗濯物が入ったカゴを持ち上げ、コインランドリーへ。行くと見せかけて風呂場の湯船にドバーーッ!っとぶちまける。

「お前らごときにコインランドリーなど必要ない! 貴様らは電気の力に頼り過ぎなのだ!」

そう言い放ちドバドバと洗剤&水をかけ、「覚悟しろ」と言わんばかりに手でぐるぐるかき混ぜる。容量は洗濯機より遥かに広い! 要領は『ねるねるねるね』と同じ!「こりゃ案外楽チンじゃねーか」と笑みもこぼれる。しかし数十秒もすると腕が疲れてくる。シャツが腕に巻き付く。しかしここで諦めれるか! というより途中で止めれるか? イヤ、もう遅い。
気合いを入れ直し素っ裸のおっさんと洗濯物の勝負。湯船の内側の壁をなんとな〜く洗濯板代わりにしたりしてみる。
ヤツらはかき混ぜられながら「こんな洗われ方はイヤだー」「このおっさんバカじゃねーの」とやいやい言い始める。それを聞いた俺は増々ヒートアップして「ウリャー!」と湯船に入り足で混ぜたり踏んだりしてみる。
「おっ!これどっかの国でワインに使うぶどうを踏みつける作業に似てるな」
なんてほくそ笑みながら楽しむ。
洗ったばかりの体が洗剤まみれになっても気にしない。
品質表示はもっと気にしない。

そして『すすぎ』は超テキトー。

一通り洗い終わり、30歳のおっさんは素っ裸で汗ダクになりこう思う。
「あ〜、風呂に入る前にやるべきだった・・・」と。
でもまぁ、これでこいつらも大人しくなっただろうとヤツらの様子を見ると・・・

ん? んん!?

靴下の汚れが全く落ちていないではないか!! ヤロ〜、中々しぶといじゃねーか。
奴らだけは『バケツ』という別室にひとまとめにし、プランBの漬け置き作戦へ。
こいつらはこれでぐうの根も出まい。

奴ら以外には脱水が始まる。
ここまでは何のためらいもなく実行した。しかし脱水はやり方が思いつかない。畳んで水分を押し出したり踏んだりしてみるも、脱水とはほど遠い。
またも「コノヤロー!」とぞうきんを絞るようにやつらを絞る。絞り上げる!
生地の強さなんか気にしない。
「あー、今の俺、端から見れば『両津勘吉』みたいになってんだろなー」と思っても気にしない。

なんか全体的にめんどくさくなって来てさっさと干す。

干された洗濯物達はくたびれきっている。しかもビショビショじゃないか・・・
ただ、文明に逆流したことでなぜか達成感があった。

一晩経ち、プランBの靴下どもの様子を見る。さすがにギブアップしたのかそこそこ汚れも落ちている。
早々に干し、会社に出勤。

帰宅後乾いた彼らを見て絶望した。
まずTシャツの首元が伸びきっている。というより全体的に伸びている。そしてありえない場所が破れたりしている。×2枚。
タオルはパリパリ。習字を書いた後の半紙みたいにパリパリ。韓国海苔と間違えそうになる。肌触り最悪!
そしてなりより、洗濯物達が全員超寂しそうなのだ!

試合に勝って、勝負に負けた。そんな切なさが残ったよ。。。
たまたま部屋に遊びに来た妹に「アホちゃう?」で終わらされたことは言うまでもない。


この中身のない部屋では毎日がドラマチックさ。

半年宣言

ご機嫌いかが?日々充実してますか?


ブログがどうのこうのより、先に言っておきたい事がある。
近況報告だと思ってくれよ。

今年の始め、mixiの日記で「WEBで半年以内にいっちょまえになる」と宣言し、かれこれ半年経つわけだが、結論から言うと「いっちょまえどころか、半人前にも満たない今だ駆け出し」。もうね、誰かにわざわざ判定してもらわなくても安易に分かるレベルのこの現状。無力。そして無力。

これが俺kass1の【今】ですよ。

約束通り、俺の事を「へたれ」だろうが「うんこ」だろうが好きなように呼んでくれ。
言い訳などない。ただ、そうなれなかったという結果のみ。
それでもこの半年、サボった事は一度もない。後ろを向いた事も一回もない。
しいて言うなら

『リズミカルにこなせなかった』

それが原因だ。
だけどこの結果に【負】の要素は一つもない。「いっちょまえ」になる為に走ったこの半年は、間違いなく前に進み、得たものは計り知れない。むしろ考え方や人間性に至るまでなにもかも変わったと言っても大げさじゃない。昔から俺の事を知るダチや後輩には「別人のようだ」と言うやつまでいる。「いっちょまえ」を目指したからこそ【今】の自分になれたのなら、宣言した事は失敗じゃなかった。がっかりしてる暇もないし、なげく暇もない。半年でダメなら一年、それでもダメなら二年。何年かけたってそこに向かうだけさ。

もし君の中で「やっぱこいつは口だけだったな」「所詮kassはカスさ」なんて思うなら、君の中でのkass1の位置付けは、ゼロもしくはマイナスになったかもしれない。それでもいいよ。判断するのは君達だ。気にかけてもらってるだけで有り難い事だし、俺はまたゼロやマイナスから始めるだけさ。

改めて考えると、半年でいっちょまえってのは少々虫がよすぎる。
というより半年ぐらいでいっちょまえになれるような簡単な事なら、そもそもそこにやりがいはあるのかな? 何年やっても満足できない。いつになってもいっちょまえになれない。そう感じれるような事の方が、やりがいも、達成感も、幸福度もあるんじゃないか?

もっと深く考えてみる。
仮に俺が自信満々なモノを作り「さあどうだ!俺はこれだけの事ができるようになったぜ!」と言わんばかりに審査員役の判断を仰ぐとしよう。俺がもし審査員役ならば、それがどんだけイケてるものだとしても「全然ダメ!」って言う。そんな勢いのあるやつはすぐ鼻が伸びるんだ。その鼻を折るのも教える側の愛の形さ。それだけできるヤツならば、そこからもっともっと成長するんだ。ま、悲しきかな俺はそうはなれなかったが。。。そうでしょKOZZY?
そう考えるとこの「半年宣言」の結果はハナから決まっていたんだ。どう転んだって「おめでとう!」という結果は導き出せない。しかし先にも書いた通り、これだけの事を体感できただけでも意味はあったし、でかい意義があった。

力士(おすもうさん)は日々稽古する。その時の稽古の成果が出るのは3年後だと言われている。先日横綱に昇進した白鵬は、3年前に誰よりも稽古を積んでいたに違いない。それがいわゆる「石の上にも三年」と言う事ならば、半年やそこらで結果が出るわけもない。
ならば次のスパンは3年後。そしてそれまでの経過は全てこのブログで吐き出していくさ。分かり易く目に見える形で。

ちょうど一年前「早く次の給料でパソコンを買いたい」と言っていた事が遠い遠い昔のように感じ、ちょうど半年前に「宣言するぜ!」って言ってた事が昨日のように感じる不思議な感覚。
まわしは巻いた。ちょんまげも結った。後は、しこを踏み続け、つっぱり続けるのみさ。


ご機嫌いかが?日々充実してますか?


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『まともに成功できるヤツなんて一握り 生き方不器用でもやるべき事やるだけ 他人は目に入らねぇ ダメもとでも突っ込め』